紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

わちきのひじりさま(1)

早朝から降り出した雨粒が地面を叩き、湿った土埃の臭いをまき上げている。

「おはよう、雲山」

部屋の隅で小さくなって丸まっていた相方に声をかける。

「今日は雨だから姐さんはお出かけね」

雲居一輪が話しかけても相方はほとんど返事をしないので独り言のようだ。

だが、口に出すことで考えを整理できる。

昔からの癖だ。

よほどおかしなことを言わないかぎり、頑固親父の入道は黙っているし。

肩に掛かった髪を後ろでまとめ頭巾で覆う。

『一輪は綺麗な髪なんだから頭巾で隠すことないのに』

同僚のムラサがいつも言う。

でも、自分は聖白蓮の元、仏に仕える尼僧。

だから女をアピールする必要はないと思っている。

それに、頭巾は結構便利だ。

気晴らしに雲山とともに空を駆け巡る時、髪が風にまかれないですむから。

(綺麗な髪って言うのは姐さんの髪のことよ)

尊敬する住職の不思議なグラデーションがついた髪色を思い出す。

弾力があり、毛先まで生命力にあふれている。

昨夜も手入れをさせてもらった。

櫛にほんの少し香油を塗ってゆっくり丁寧に梳る(くしけずる)。

至福の時間を過ごさせてもらった。

(姐さんは別、命蓮寺を盛り上げるためにも綺麗な姿を見せていて欲しい。

けど、私だけのモノにもしたかったりして、きゃーーー)

雲井一輪はニマニマしながら身だしなみを整える。

入道遣いの最優先はいつだって聖白蓮だった。

聖白蓮は雨の日に必ずと言って良いほど外出する。

多々良小傘という傘化け妖怪を伴って。

(あの傘化けも随分と馴染んできたのね)

命蓮寺を建てた直後から傘化けが墓地に住み着いていた。

墓参りにくる人間を驚かそうとしているが、タイミングの悪さと、滑稽さが先に出てしまい、本人の思惑通りにはいっていないようだ。

初めて出会ったのは、一輪と聖が寺に戻る道すがら。

『おどろけー!!』

暗紫色の大きな傘をかざし、下駄ばきの少女が飛び出してきた。

傘からは真っ赤な舌がだらしなく垂れている。

(おどろけって言われてもねえ?)

一輪は肝が据わっている。

人間だった頃ですら見越し入道を感服させるほどの胆力があったのだ。

こんなチンケなオドシでは小揺るぎもしない。

隣の様子をうかがう。

住職は始めこそ不思議そうにしていたが、少ししてから頭を抱えてしゃがみ込んだ。

『きゃーー あーれー おそろしやーー』

『姐さん!? どうしたんですか?』

『ほら、一輪も、早く』

小声で催促してきた。

(おどろいて怖がるふりをしろってことかしら?

小さな妖怪の悪戯に付き合おうってことかしら?

妖怪に優しい姐さんらしいけど・・・・・・)

小さな傘化けが不安そうに聖と一輪を交互に見ている。

一輪は小芝居にノリそこなった。

今更怖がって見せてもワザとらしい、聖の演技もかなりアレだ。

どうしたものかと思っていたら、傘化けが大きくため息をついた。

『はあーー、またダメかー』

残念そうにつぶやく。

立ち上がった聖が傘化けの出自や事情を聞く。

捨てられた傘で付喪神。

腹いせに人間や他の妖怪を驚かしているという。

上手くいっていないようだが。

妖怪の出自としては【よくある話】だった。

『お腹空いていない?』

聖の問いかけに黙って頷く。

『お寺にいらっしゃい』

歩き始めた二人のあとをトテトテとついてきた。

傘化け、多々良小傘は歩きながら考えた。

長い髪の穏やかな女は自分を【構って】くれた。

驚き方は微妙ではあったが、【構って】くれた。

人間ではないようだが、その辺りはあまり気にならなかった。

もう少し頑張ればもっと驚かすことが出来るかも知れない。

一方の頭巾を被った女はなんだか怖い雰囲気をまとっていた。

下手に手を出したらヒドい目に遭いそうだ。

気を付けようと心に留めた。

小傘レベルの小妖が聖白蓮の力を測ることは無理だった。

『そんな汚い足で上がるんじゃないよ! そこの雑巾できれいに拭きな!』

上がり口に置いてある雑巾の入った桶を指さす。

寺に着き、下駄を脱いで上がり込もうとした小傘に頭巾の女妖が厳しく注意した。

その強い口調と鋭い視線に竦み上がってしまった。

(や、やっぱりコイツ、怖いよー)

『小傘さん、面倒でも足をキレイにしてくださいね。

お寺の掃除をしてくれているモノ達のためにもお願いします』

髪の長い女が優しく告げた。

寺の墓地をねぐらにしているが、寺の中には入っはことがなかった。

境内も屋内も古めかしい造りではあるが小綺麗であった。

掃除や手入れが行き届いていることは駆け出し付喪神の自分にだって分かる。

裸足に下駄ばきの自分の足は相当汚れている。

確かにこのまま上がるのはよろしくない、すぐに理解できた。

『拭いてあげましょうか?』

足下に屈み込もうとする女を慌てて制する。

『じ、自分でできるよ!』

うふふと笑って流れるような所作で奥へ行ってしまった。

だが、頭巾の女は腕組みしたまま見張っている。

小傘は緊張しながら丁寧に足を拭いた。

その夜は質素ながら今まで口にしたことのない美味しい食事だった。

翌日から聖白蓮を驚かすことが小傘の目標となった。

『おどろけー!』『うらめしやー!』

自分なりにタイミングを計って飛び出す。

『きゃー びっくりーー』

リアクションはいつも決まってこんな感じ。

どうもしっくりこない、何かが違う。

もちろん、頭巾の女妖がいないときに限っていたが。

里の子供達、男の子が女の子をきゃーきゃー言わせているのを見た。

よし、次はアレだ。

聖の後ろから忍び寄り、スカートを思い切りまくりあげた。

ビックリしたのは小傘の方だった。

(ええええ!!? 何も穿いてない!!?)

良く見れば聖白蓮の生尻には細い紐が丁の字に張り付いていた。

あとから聞けば【てぃーばっく】と言うそうで、大変快適なのだとか。

当の聖は驚きもせず穏やかに告げる。

『小傘、そのオイタはいけません。次はありませんよ?』

そう言って微笑んだが、小傘は身も心も凍り付いた。

(な、なんだかわかんないけど、こわー! こわいようー!)

初めて感じた格の違い。

そして気づいたこれまでのリアクションの違和感。

このヒト、自分に付き合ってくれてたんじゃないか。

【構って】くれてただけなんだという諦観。

それとともに強く感じたのは【このヒトに嫌われたくないな】という想い。

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