紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

文椛 つくよにこいまう(1)

「文さま、旅行に行きませんか?」

【妖怪の山】の峻険な岩場の窪みに設えた質素な庵は射命丸文の隠れ家。

家主は目の前にいる【ハンサム&ビューティ】なステディの提案を吟味してみる。

白狼天狗、犬走椛の物言いは慣れないと唐突に感じる。

口数は少ないが、ひとたび口を開けばその言葉は聞き流すことができない。

「旅行? どこへいくの?」

幻想郷最速の鴉天狗はどこに行くにも旅行といえるほどの時間はかからない。

「緋色の宿です」

【緋色の宿】の正式名称は【Scarlet inn】。

レミリア・スカレーットの気まぐれで湖の畔の建設された小さなホテル。

文も開設時に取材したが、正直、需要があるのか疑問だった。

風光明媚とは言いにくく、これといった観光スポットもない。

誰が何のために利用するのか。

吸血鬼のお嬢様の行状は記事のネタとしては事欠かないが、この企画はハズレに見えた。

「緋色の宿のペア宿泊券をもらったんです」

「ふーん、誰から?」

「新聞屋さんです、三ヶ月だけで良いからとって欲しいと。その時のオマケでした」

文の心に本当の安寧をもたらしてくれるのは間違いなくこの連れ合いなのだが、たまに腰が砕けるほど突拍子もない発言をする。

天然なのか狙っているのか。

「ねえ椛、私の商売知っている?」

「新聞記者ですよね」

澄まして言う白狼に鴉はゲンナリ。

「他の新聞の勧誘にホイホイ乗るのってどうなの?」

「もちろん【文々。新聞】を愛読させていただいていますが、他の新聞も読みませんと【眼】が偏ってしまいますからね」

もっともらしいことを大真面目で言う。

「まあ、旅行自体はいいけどね……」

「そうですか、では諸々の支度は私がやっておきます。

文さまは身一つでいらして結構です、すべて私にお任せくださいね」

自分のプライベートを全部預けているステディの柔らかい微笑みにズキューーン!

(んんー! それって『嫁に来ないか、僕のところへ、身体一つで』ってことかしら!

でも、嫁は椛なのよ! あくまで私が椛を嫁に取るのよ!

そこんトコ間違えてもらっちゃ困るわ! ここは譲れないトコよ!)

なにやら勝手にこだわっているが、そのポイントがすでに二階層くらいズレている。

聡明で機転の利く、幻想郷きっての事情通の鴉天狗だが、白狼の言葉にはブンブン振り回されている。

旅行当日、散々迷った挙句、クリーム色のワンピースと麦藁帽子に決めた。

射命丸文は夏の装いを纏うと同時に新聞記者の肩書きと、お山での身分を脱ぎ捨てた。

これからしばらくは椛とバカンス。

すべてを忘れて椛と楽しいひと時を過ごすのだ、射命丸文と言う個人として。

姿見の前でくるりと一回り。

(うん、そこそこイケてるわよね? 大丈夫よね?)

【そこそこ】どころではなく、超・イケている。

溌剌とした雰囲気に生来の繊細さとホントは万物に優しい心根が加わる。

そして新聞記者、お山の立場といった外向けの面倒な作り物が差し引かれている。

射命丸文、今、この瞬間、この娘は抜群に可愛い。

だって、文句のつけどころが無いじゃん。

きっとこの夏の美少女No.1は彼女だ。

黒い星四つはダテではない。

身一つといわれたが、念のため替えの下着や日用品を小さなバックに詰めて持つ。

いつもよりゆっくりしたペースで湖に向かった。

【Scarlet inn】(緋色の宿)が見えてきた。

プライベートビーチ(湖だが)付きの洒落たホテル。

客室は6、7ほどだろうか、小振りだがしっかりした造りのシャトー。

正面玄関と思しき扉の前に白狼天狗を見つけた。

暑いのだから中で待っていれば良いのに。

薄いグレーのカッターシャツの袖を捲り、胸元は際どく開けている。

下は白い膝丈パンツに飾りの少ないミュールだった。

文も初めて見る椛のカジュアル。

なんだかセクシー。

「やほー」

文はいつものように軽く挨拶したが、椛はいきなりガバッと抱きついてきた。

「く、苦しい!」

ギュウギュウとかなり力強い抱擁。

「もみじぃ! 苦しいってば!」

「も、申し訳ありません!」

ようやく文を解放した椛だが、驚いた顔をしている。

「なんでアナタがビックリしてるのよ!? 私が驚くところでしょ?」

「あ、確かにそうですね。

でも、今の文さまを見て『とっても可愛いなあ、凄い綺麗だなあ』と思ってボーッとなってしまったんです。

そしたらいつの間にか抱きしめていました」

こんなことを照れもせずに言い放つのだ。

言われた側が照れるではないか。

椛が先導して扉を開けると、正面にカウンターがあった。

「いらせられませ」

恭しく出迎えたのは紅魔館が、いや、幻想郷が誇るアルティメット・メイド、十六夜咲夜だった。

いつものメイド服ではなく、パールホワイトのシャツにボウタイ、黒いベストに黒いスラックス。

髪の毛も編んではおらず、ワックスで後ろに軽く流している。

男装の麗人・執事ヴァージョンといった風情だ。

射命丸文の右手がピクピクしている。

こんなに珍しく、しかも絵になる被写体は滅多にない。

しかし今はバカンス中、カメラは持参していない。

(ううーーん! 惜しいです! 勿体ないです!)

思わず記者モードで心呟してしまう。

ほぼ完璧と謳われるスパークルなメイド長の、これまた完璧なコスプレ、確かに勿体ない。

「当ホテルの支配者、十六夜咲夜でございます」

完璧なお辞儀を見せるが、なにか引っかかった。

「支配者?」

「……失礼いたしました。支配人です」

顔色一つ変えずに訂正する。

(うん、惜しいなー、なんだかちょっと勿体ないなー)

ズバ抜けキューティーなメイド長は諸事に於いてほぼ完璧、そう【ほぼ】完璧なのだが。

普段の完璧さに対しあまりにも隔たりがあると言うか、しょうもないと言うかのボケ。

ジャンルとしては【天然系】なのだろうが、単純に【ギャップ萌え】では片づけられず、周囲を本気で困惑させる。

天狗二人は宿帳に記帳させられた。

記帳の意味など無そうだが、雰囲気作りとか形式重視とかあるのだろうと納得しておいた。

【猫歩糀(ねこあるきこうじ) 茶飯丸杏(ちゃめしまるあんず)】

こういったお忍び旅行の常として偽名も用意しておいた。

ちなみ偽名を考えた文は、その名を書き込んでいる時、ちょっとした背徳感にゾクっとした。

(今の私はアンモラルなバカンスに身を任すふしだらな娘【茶飯丸杏】なのよ。

うふふふ)

「当ホテル自慢のプライベートビーチを是非ご利用ください、射命丸さま」

「ちょおっとー!? 偽名、意味ないじゃん!」

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