はたてが図書館を辞した後、パチュリーは【研究室】に篭った。
霧雨魔理沙に頼まれていたアイテム開発が大詰めだった。
明日には仕上がる予定だ。
だからはたてとの約束は明後日にしたのだった。
月の精霊魔法を封じたペンダント。
受動攻撃型の防御陣を瞬時に展開するものだ。
最近、魔理沙はパワーアップのために色々と努力し、取り組んでいる。
弾幕戦時の機動力を向上させるために習得したという身体強化魔法。
実は一番得意な星屑系魔法を徹底強化するための下拵え。
マスタースパークの改良。
そして八卦炉に並ぶマジックアイテムの開発・入手。
魔理沙自身が考えたにしては随分とシステマチックだ。
誰かの入れ知恵に違いない、とパチュリーは睨んでいる。
アイテム開発を頼まれたパチュリーは、あの八卦炉を越えるアイテムを作ってやろうと密かに闘志を燃やした。
パチュリーにとって魔理沙はいつでも気になる存在。
駆け出し魔法使いのくせに存在感は十分、女性である自分から見ても惹きつけられる華やかな容姿。
豊かな表情、激しい感情表現、時折見せる独特の感性や気遣い、自分にないものに少し憧れている。
今の関係は良好、昨日も咲夜特製のクッキーを食べながら魔法談義に花を咲かせた。 悪くない。
以前は蔵書泥棒で難儀していたが、姫海棠はたてが体を張ってその悪行を止めた時から、足を洗ったようだ。
そうだ、ここでもはたてだった。
魔理沙は気になる、それは確か。
だが、今、パチュリーの心の空を飛び回っているのは、あの真面目で愉快で心優しいツインテールの鴉天狗だった。
「パチュリー館長にプレゼントがありまーす」
薄紫色の日傘だった。
当日、門前で待機していたパチュリーに手渡されたのはしっかりした拵えの割に軽いパラソル。
「本日はお日柄もよろしく、と言いたいところですが、ちょっと良過ぎですよね。
これをお使いください。飛行中の風は大丈夫、館長に当たらぬよう、捌きますから」
開いて日にかざしてみると、以外に上品な色だった。
「ありがとう、でも、少し派手な色ね」
素直に感謝するのが照れくさくて、くだらないことを言ってしまった。
「えへへへ、やっぱりそう思われますか?
どんなのが良いか結構考えたんです、最初はパチュリー館長の【紫】と補色位置にある【黄緑】系が良いかなーとも思ったんです。
でも、緑系は上から見たら周りに溶け込んじゃうから良くないなー、って。
でも、この色なら、私、どんな遠くにいてもパチュリー館長を見つけられます。
必ず。
ですから、我慢してくださいね?」
そう言って微笑む。
迷子になんかならないのに、そう思う心と、そこまで気をまわしてくれるのか、との思い。
口をついたのは、
「いいわ、我慢しましょう」
言ってから猛省。
なんと可愛げのない。
「パチュリー様、その傘、とてもお似合いですよ」
見送りがてらの美鈴が満面の笑みで言う。
「ふん、どうだか」
(あー、また素直じゃない)
パチュリーは、失言と照れくささ、なんとか誤魔化したくて、傘を両手に持ち、
「お……お、おどろけー……」
呆然とするはたてと美鈴。
(わ、私、なにをやっているの!? テンパリすぎよーー!)
火照った顔を傘で隠し、宙に浮かせておいた背もたれ付きクッションに座って咳払い一つ。
それを合図にしたかのように、動き出す二人。
美鈴はサンドウィッチの入ったバスケットをクッションにのせる。
はたてはクッションに取り付けてあるロープを自分の腰に結び始める。
パチュリーは今更ながらはたての格好に気づく。
細くて形のよい足の上には、いつものように短いスカート、そう、いつもと同じだった。
自分は長袖と長ズボン、いつものおネグリワンピースは外出には向かないから。
いつもと変わらぬはたての服装と本日の飛行姿勢を想像して少し慌てた。
「はたて、あのね、引っ張って飛んでくれるのはいいんだけど、私、真後ろにいるから、アナタの、その、下着が、その、ね?」
「今日は【見せパン】穿いてますから、ご心配は無用ですよー」
「み、見せ、パン!?」
パチュリーは初めて聞く単語だった。
そんなモノ文献には載っていない。
自分でスカートの前をピラッとめくり、黒と紫の市松模様のぴっちりとした派手な下穿きを見せる。
「!!」
そのままクルッと後ろに向いて、後ろ手でまたもスカートをめくる。
「!!!!」
太ももは細いが、お尻はそれなりのボリューム。
そのお尻は、上下の丈が短い割に横の張り出しがあり、女の眼から見てもかなり扇情的。
眼は釘付けで心臓はパカパカいっている。こんなこと初めて。
「ね? 大丈夫でしょう?」
全然大丈夫じゃない。
スーパーストライク・アルティメットボディの十六夜咲夜を見慣れているはずなのに。
咲夜を見ても【均整の取れた肢体ね】程度の感想だったのに。
各種生命体、それぞれの理想的なボディバランスについての知識はある。
はたては全体的に細すぎる。
際立って美しいわけではない、なのに心惹かれる、その理由が見つけられない。
最近読んだ女性同士の妖しい恋愛小説の中のフレーズが思い浮かぶ。
【貴方、臀部の形状が美しいわ、なかなかよろしくてよ、ええ】
そして流し読みした三文冒険小説に出てきた下卑た表現。
【ねえちゃん! いいケツしてんな! たまんねえよ! オイ!!】
パチュリーは、なぜ後者の方が今の自分の感情にしっくり来るのか理解できない。
「それでは出発します!!」
うれしはずかし空橇は滑らかに加速していく。
美鈴は、薄紫の日傘が見えなくなるまで手を振っていた。