紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

厄神さまはキュウリが嫌い(1)

河城にとりの目に映ったのは見知らぬ模様の天井だった。

「ここは……どこ?」

誰にともなくつぶやく。

「永遠亭だよ」

聞こえてきたのは馴染みのある声。

にとりは声の聞こえる方に頭を傾ける。

古い友人、犬走椛がいた。

切れ長の目、すっきりとした鼻梁、薄い唇。

度々【美少年】に間違えられる端整な面だが、今はいつもの艶と張りが半分以下だった。

随分とお疲れのご様子だ。

にとりは布団から半身を起こし、未だボンヤリしている頭を左右に振り、目玉をぐるぐる動かしながら記憶を手繰り寄せてみる。

「ねぇ椛、ワタシ、どうなっちゃたのかな?」

新開発の【厄除けスーツ】をまとって、厄神さま=鍵山雛に近づいたところまでは覚えている。

『ほーら、このとーり、だいじょうぶでしょー?』

厄神さまにそう言ったはずだが、その後のことは記憶にない。

白狼天狗は軽くタメ息、そして少し間をとってから告げた。

「にとりは厄神さまに話しかけてからすぐに倒れたんだよ」

(すぐに倒れた? ……うーん、そっか、そういうことだったんだ……)

ようやく分かってきた。

(そっか、【厄除けスーツ】ダメだったんだな。

ワタシ、厄にやられちゃったのか。

厚手のビニール地の下に吸着用の炭素繊維を仕込んでおいたからうまくいくと思ったんだけどな……

防げなかったのか……厄は通っちゃったんだ)

倒れた自分を永遠亭まで運んでくれたのは椛なのだろう。

ちょっと疲れ気味に見えるのは、厄に犯された自分の体に触れたからなのだろうか。

「椛が運んでくれたんでしょ? ワタシに触って大丈夫だったの?」

心配顔のにとりに椛が答える。

「私も途方にくれていたんだよ。

そうしていたら、たまたま射命丸さまが通りかかってね。

にとりの体に張り付いていた厄を羽団扇の一振りで吹き飛ばしてくれたんだ」

「へー、厄を吹き飛ばす風かぁ。

さすがは【風の三郎ヶ岳】の筆頭天狗、射命丸さまだね。

ふーん、そうだったのかぁ」

新聞記者として振る舞うときの射命丸文はとても低姿勢。

取材対象には媚びへつらうようにも見える。

しかし、幻想郷最速を誇り、自由に風を操る能力の保持者であり、実は天狗の中でもかなり高位の存在。

なのに本人はその地位に全く関心を示さず、奔放な振る舞い。

それでも、山の総責任者である天魔の懐刀と言われている。

この捉えどころのない風神少女のこと、山の妖怪たちは、皆、一目置いている。

(椛ってば【射命丸さま】だってさ)

二人が付き合っていることは結構バレバレなのに、あくまで世間体を気にする椛がちょっと可愛い。

射命丸文が、たまたま通りかかったなんて都合が良すぎる。

きっと椛に頼まれて予め近くで待機してくれていたのだろう。

だとしたら、この白狼は端から失敗すると踏んでいたのか。

いや、何事にも備えを怠らない慎重な彼女が万が一を考慮してくれたのだ。

悪く考えるべきではないのに、まだショックが残っているのか前向きな思考ができないエンジニア。

「入りますよ」

襖越しに声がかかる。

一拍置いて入ってきたのは八意永琳。

独特の色使いのロングドレスはメリハリの利いた盆急馬なプロポーションを隠しきれていない。

知性に満ちた瞳は賢人のそれであるが、口元に浮かべた笑みは【慈】か【嘲】か分かりづらい。

なんとも掴みどころがなく、別世界の住人の様だ。

「体に染み込んだ厄はほとんど取り除いたけど、もう少し寝ていて。

念のため今夜は泊まっていきなさい」

医者に言われ、素直に横になるにとり。

「迅速な対応が功を奏したのよ。

お友達にうんと感謝しなさいね。

ヒトでも妖でも他人のためにあんなに真剣になれるモノは希だわ」

その言葉に改めて友人を見上げる河童の娘。

横を向いてしまった白狼天狗。

きっと自分を抱え、必死の形相で永遠亭に駆け込んだのだろう。

この美少年風天狗、饒舌ではないが、じっくり話し込めば深長な知性と清涼な感性が滲み出てくる。

意外にシャレも通じて愉快な一面もある。

ぶっきらぼうにも見えるが、信じたことにはとってもひたむき、そしてここ一番では泣きたくなっちゃうほど優しくて熱い。

だからこそ誰よりも深くその心根に触れてしまったあの鴉天狗は、ゾッコンのベタ惚れ、メロメロになってしまったのだし。

「椛、ありがとね」

横を向いたままの椛は、左の眉をピクっと上げただけ。

「うん」

返事もそれだけ。

お大事に、と言って医者は退出してしまった。

再び二人きりの空間。

「もう一眠りしたらもっと楽になるよ」

そう言ってにとりの額に手を当てる。

「ふあー、椛の掌、冷たくて気持ちいいよー」

「そう?」

普段はほとんど変わらない表情が、柔らかく崩れたように見えた。

疲労困憊の美少年が自分のためだけに無理をして笑顔を作ってくれている。

そんなふうに錯覚してしまう。

(うおー! 椛、コイツ、かっけー! 惚れちゃうぞー!

……なんちゃってね)

ホントこんなイイ奴、滅多にいない。

種族を超えて生涯の友誼を結べるモノはそうはいない。

コイツに出会えて良かった。

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