紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

厄神さまはキュウリが嫌い(2)

「八意先生ありがとうございました」

犬走椛は永遠亭の外玄関まで見送りに来てくれた永琳に頭を下げる。

「最近暇なのよ、医者が暇って良いことなんでしょうけどね」

礼の言葉に対してはピントの外れた返答。

素性不明で危険なほど妖艶な医者は度々こんなズレた受け答えをする。

そのことを伝え聞いている椛はあまり気にせずにそのまま辞去しようと踵を返した。

返したその先に人影を見つけてしまった。

二十間(40m弱)ほど先に鍵山雛がいた。

今回の元凶、いや、元凶といっては失礼極まりない。

にとりが勝手に挑んで勝手に倒れたことなのだし。

自分のせいで傷ついた河童の娘を気遣ってここまでやってきたのだろう。

そして長い時間、外で待っていたのだろう。

派手な装束の厄神さまが心配そうに様子をうかがっているのを見た椛。

「厄神さまー! にとりは大事ありません!

明日には元気になっているでしょー!」

大きな声で告げ、軽くお辞儀をした。

鍵山雛の口元が少し緩む。

少し肩を下げ、安堵の表情。

「あら、貴方が噂の厄神さまね?」

雛に気がついた永琳が、すたすたと近付いていく。

「私に近寄ってはいけません! 厄に犯されます!」

慌てる元雛人形。

「私はこの星の厄には無縁ですからね」

せっかくの忠告にもまったく頓着せず、更に接近する。

椛にもこの不思議な薬師が秘めているであろう膨大な力は感じ取れる。

だが、その力の源は見極められない。

単なる妖力や魔力ではない、としか分からない。

それでもきっと、厄神が集める厄ぐらいなら、醤油をかけてパクパク食べてケロリとしていそうだ。

「厄神さま、ちょっと診てあげましょうか?」

そう言って小さく華奢な手を掴む。

「い、いえ、結構です、どこも悪いところはありませんから」

本能的な恐怖から後退る流し雛の軍団長。

「そんな遠慮なさらず。

顔が真っ白よ、それに体温も随分と低いわ」

「わ、私、元は人形ですからこれが普通なんです!」

「暇なのよ、タダで診てあげるから」

診療の押し売りってのもなんだか怖いものがある。

しかし、この押し問答の結末はすでに見えている。

雛は押し切られるだろう。

あらゆる面のウエイトが違いすぎる。

止めに入ろうかと一瞬考えた椛だが、『アナタもついでに』と言われそうだ。

今日は肌をさらしたくない。

昨夜の情事の証、小さな鬱血痕(いわゆるキスマーク)が無数にあるから。

「八意先生、厄神さま、私は仕事に戻らなければなりませんので失礼いたします」

心の中で厄神さまに手を合わせつつ、返事も聞かずに永遠亭をあとにした。

一人になったにとりはここ数日のことを回想してみる。

にとりはなんとか鍵山雛に近寄るための手段を考えていた。

厄神さま、鍵山雛は妖怪の山を流れる川を主な仕事場としている。

中流から下流にかけて川の上空でくるくると回って流水に含まれた厄を綿菓子のように絡め取る。

大体は山で一番大きな川に居るが、厄の量によっては細い支流や他の場所に出向くこともある。

空が明るくなった頃からゆっくりくるくると回り、日が沈む頃にどこへともなく去って行く。

豪奢で華美なドレスを着ているが、薄緑色で艶のある髪、優しい顔立ち、そして清楚な振る舞いが彼女の雰囲気をとても上品なものにしていた。

川をいつも綺麗にしてくれている綺麗な神さま。

河童をはじめとする水妖の間では鍵山雛はトップアイドルだった。

【えんがちょ】なんて呼ぶのは口の悪い一部の人妖だけだった。

だが、常に厄をまとった彼女に近づくことは容易ではない。

妖怪たちは遠くから大きな声で呼びかけるだけ。

『厄神さまー! こんにちわー!』

『鍵山さまー! おつかれさまでーす!』

声をかけるといつも優しく微笑みながら手を振ってくれる。

その仕草がとても愛らしいので、挨拶を返された方は幸せな気持ちになる。

きっかけは仲間内の度胸試しのようなものだった。

誰が厄神さまと仲良くなれるか、それはどこまで厄に耐えて近づけるかということ。

何人かが厄神さまの制止も省みずに近づき具合が悪くなった。

にとりは無策ではなかった。

(要は厄を何とかすれば良いんだよね)

【厄除けスーツ】を作りはじめ、そのことを将棋敵の犬走椛に得々と語った。

聞いていた椛は片方の眉を一瞬だけあげた。

『それはすごいね、私もにとりの勇姿を見に行こうかな』

『いいとも! 是非見に来ておくれよ!』

今思えば万事に慎重な友人はあの時から備えを考えてくれていたのだろう。

(次の手を考えなきゃね)

一度や二度の失敗なんて文字通り屁のカッパだ。

チャレンジャーにとりはあきらめるつもりなど微塵もない。

だがとりあえず今は眠ることにした。

翌朝、簡単な問診だけで退院の許可を得たにとりは自分の工房に向かった。

治療費は支払い済み、とのこと。

また椛に借りを作ってしまった。

髪の毛をいつものツインテに結わえる。

これでエンジニア河城にとりが【スイッチオン】になる。

工房の中を片付けながら今後のことを考えた。

(次の手といっても、【厄除けスーツ】の改良かなぁ。

うーん、なにか違う面から考え直した方が良いのかなぁ)

厄神さまのことは優先したいが、他に頼まれている仕事もこなさなければならない。

一番の大仕事は霧雨魔理沙から頼まれている星成分の制御アイテムだ。

魔理沙の星屑系魔法を強化するために大気中の星成分を集散させるアイテム。

もうじき完成する【八望手纏】(はちぼうたまき)と命名した腕輪は擬似的な魔導力を通じて正常に作動した。

魔法動力の補助があればにとりでも星成分を集められることが確認できた。

あとはオーバーフローしたときのシャットダウンの動作確認と魔理沙自身の魔力とのマッチングを詰めるだけだ。

その他、頼まれている仕事は細かいものがいくつか。

そのうちの一つが工房の隅に置いてあるバカでかい鍋。

直径五尺(約150cm)の中華鍋、重量も半端ではない。

曲面の打ち出しにいささか苦労した。

(この鍋、ダンナが今日あたり引取りに来るよね、うん、多分)

エンジニアがボンヤリと予想していると、工房の戸を叩く音がした。

「おーい、親方ー、いるかーい?」

少女のような声にも拘らず、男衆の如き問いかけ。

(ほーら当たった、ダンナだよ、仕上げといて良かったー)

「はいはーい、いるよー!  どーぞー」

戸を開けて入ってきたのは小柄なネズミ妖怪だった。

常識はずれに大きい鍋を注文された時にも驚いたが、使い手は巨人ではなく、普通の大きさの女性だと聞いて二度びっくり。

どうにも合点のいかなかったにとりは使い手に会わせるくれるよう求めた。

『金は出す、何も聞かずに言われたとおりに作ればいいんだ』

仮にそんな上からモノを言うような注文だったら断っていただろう。

これまでも、にとりはその手の注文をことごとく突っぱねてきた。

誰がどのように使うのか、それがイメージできないと作る気が起こらない。

特注品に関しては滅法頑固なエンジニアだった。

ネズミ妖怪ナズーリンはこの頑固職人の気質を理解していたので、その日の夜に当事者を連れて工房を再訪した。

にとりは命蓮寺の寅丸星が毘沙門天の代理でナズーリンのご主人様であることは知っていたが、実は初対面。

確かに女性にしては大柄だが、柔和な雰囲気としなやかなボディーラインは大力とは無縁に見えた。

(おやまあ、よく見ればエッッライ美人じゃん!

それに、おっぱい超スゲェーー! ばいん、ばいーん! うっひょー!

……うん、全然関係ないね。

でも、このヒトがそんな大きな鉄鍋を振れるのかな?)

にとりの心配は簡単に払拭された。

寅丸星が工房に置いてある大型の旋盤機を軽々と移動させたからだ。

「うーむ、この曲面、良いね、良いよ。

親方、打ち出しにかなり手間がかかったろう?」

特大中華鍋を検分しているナズーリン。

「それに、この取っ手の補強、力強いのに洒落ているね、さすがだ」

直径の割りに細い取っ手は寅丸の手に合わせたからだが、単に溶接しただけでは本体の重さに耐えられない。

そこでにとりは付け根の部分に三本の支柱を副え、がっちりと補強する工夫を施した。

「まあねー」

にとりは鼻を少し膨らませ、嬉しそう。

苦労したところ、工夫したところをすかさず見抜き、さらりと褒める。

この依頼人は技術屋のツボをくすぐるのがいつも上手い。

にとりは数ヶ月前のナズーリンとの出会いを思い返してみる。

当時、河童の工房村に出入りしている小柄なネズミの妖怪が噂になっていた。

河童はあまり共同作業をしないので、独立した工房をてんでに構えている。

ネズミの娘はその工房を一つ一つ訪ね、品物を買い求めながら河童たちと色々おしゃべりをしていた。

にとりは最近出没する口数の多いネズミ妖怪のことを仲間内から聞いていた。

作品を見ては、どこがどのように良いのか、あるいはなにが物足りないのか、常に具体的な指摘をするという。

かなり細かいところまで見ているようで、質問も鋭く、なかなかモノの分かっている人物らしい。

何日か後、にとりの工房にやってきた小柄な獣妖は、挨拶もそこそこに『なか(工房内)を見せてもらって構わないかい?』と聞いてきた。

河童のエースエンジニアは『スイッチの類はむやみに触らないように』と注意をしただけであとは勝手にさせることにした。

ナズーリンと名乗った小妖は完成した作品よりも、工作機械や工具、道具に関心を示したようだ。

『このスパナは他の河童が使っているモノとは随分と形が異なるけど、どうやって使うのかな?』

ナズーリンが手に取ったスパナは、ゆるいS字のカーブを描いていた。

にとりが自作した工具だった。

『アンタ、変なトコ気にするんだねー。

えーとね、【締める】時、ワタシはスパナを指先だけで使うんだよ。

その方がネジ山にホントに必要な力加減が分かる気がするから。

締めすぎはロクな事にならないからね、だから少しカーブをつけて指がかかりやすくしているの。

逆に【緩める】時は掌の【かかと】を使うんだ。

その時もカーブしている方が力をかけられるからさ。

まあー、こんなこと気にしているのはワタシだけだろうけどね』

『ふーむ、なるほどね。

では、こちらのレンズ研磨機だが、幻想郷ではそれほどレンズの需要は無いと思うんだけど、わざわざ造ったのかい?』

『えっ!? よく分かったね!

それがレンズ研磨機って分かったのアンタが初めてだよ!』

『元にいた世界で色々な機械や道具を見てきたからね、おおよそは分かるさ。

しかし、この研磨機は独創的だ、でも、研磨強度はどうやって調節するのかな?』

『へっへー、実はそこがコイツの最大の売りなんだよー。

いいかい? ここのツマミを……』

得々と語る河城にとり、ふむふむなるほどと聞くナズーリン。

『でも、アンタ、さっきから工具ばっかり気にしているね、変わったヒトだなぁ』

そう言いながらも、にとりはナズーリンが次にどの道具に興味を示してくれるかワクワクしている。

自分がある程度腕の良い技術者だと自負しているが、効率を無視していること、こだわりが強いことも自覚していた。

作品の完成度には勿論だが、にとりは製作過程にもこだわっていた。

そのこだわりはもろもろの道具(工具)に顕著だった。

【道具にこだわる】、物をつくるモノなら皆そうであろうが、にとりのそれは河童仲間でも理解されにくいほど強かった。

『河城どの、キミの作品の出来栄えが群を抜いていることは見れば分かるさ。

これでも私は古今東西の工芸品、産業品、美術品をこの目で確かめてきたからね。

完成された作品も興味深いが、私のもう一つの興味はそれらがどうやって造られたか、なのだ。

出来上がるまでの過程、特に、それらを造り出すために用いられた工具・道具たち。

専用工具であれば尚更興味深い。

【彼ら(専用工具たち)】の特化した儚くも潔い在り方に私は敬意を表する』

そう言って、にとりのスパナに優しく口づけする。

『一流の製作者は押しなべて道具にこだわりがあるものだ、まぁ、当たり前だよね?

ここからは私の持論だが……』

ここで一息入れたネズミの妖怪は河童のエンジニアに力強い視線を向けた。

『単なる一流では収まらない者、【超】一流の製作者は自分が造りたいもののために自ら道具を創造する』

にとりは唾を飲み込んだ。

『なぜなら、足りないからだ。

自分が目指すものを造るには既存の道具では間に合わないからだ!』

ズギューン!

にとりの魂に銃弾が撃ち込まれた。

(そ、そうなんだよ! 細かいところを精確に造るにはもっと繊細で気の利いた工具が必要なんだよ!

でも、そんな工具ないから、遠回りでも自分で作るしかないじゃない! 必要なんだもん!)

『道具へのこだわりと言ってもピンキリだ。

職人の中でも、くだらんこだわりってのはあるよ。

高級な道具にこだわるだけの見当はずれの輩が多くて実に残念だ。

真にこだわるべきは自分のイメージを忠実に表現する専用の道具【ツール】なのに』

ズギュズギューン!!

『私が知っている数少ない【超】一流の製作者は皆、自分だけの製法や道具を苦心して創造した。

やがて【彼ら】は道具たちと一体となり、研ぎ澄まされ、誰にも真似のできない存在と成っていった。

そしてその作品に心を激しく揺さぶられた者たちによって、永く語り継がれる存在と成っていった』

ナズーリンは手に持ったスパナでにとりをビシッと指す。

『河城どの、……キミのようにね』

ズバコーーン!! とどめを刺された。

にとりはナズーリンに背を向けてしまった。

(や、やだー、どうしよう、涙が出てきちゃった)

誰が何のために使う物なのか、納得できなければ取りかからなかった。

今までに無いものであれば制作の手順、必要な【道具】を納得するまで吟味した、それが無ければ手間隙かけても自分で造った。

【腕はいいが、仕事に取りかかるまでが面倒な偏屈モノ】

これまでのにとりの評判はおおむねそんな感じだった。

(ワ、ワタシの造った工具、変じゃないんだ、こだわっても良いんだ。

うううっ、良かったー。

えーん、なんだかとってもうれしいよーー)

初対面の小妖に技術屋魂を鷲掴みにされた。

純粋で壊れやすい、しかし、いつでも真っ赤に燃えている魂をギュウっと掴まれ、息が詰まるほど抱きしめられた。

だが、それは荒々しい中にも優しさを感じさせる熱くて激しい抱擁だった。

『河城どの、キミに作って欲しいものがある。

まぁ、キミにしか作れそうにないんだが。

まずは話を聞いてくれるかな?』

にとりに否のあろうはずは無かった。

その後、ナズーリンは、二つほど特別注文をこなしたにとりを敬意を込めて【親方】と呼ぶようになり、にとりは【ナズーリンのダンナ】と呼ぶようになった。

金払いは良いし、技術屋の好奇心を熱くさせる妙に難しい注文内容。

なによりこの小さな賢人はエンジニアの魂を理解し、尊重してくれている。

【ダンナ】と呼ぶのがなんとなくしっくりきた。

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