紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

厄神さまはキュウリが嫌い(5)

にとりはその夜、ナズーリンからもらった玩具の通信機を整備してみた。

乾電池は幻想郷製を入れてみたが、問題は無かった。

幻想郷の電池は旧式のマンガン電池が主流だった。

一部の小型機器に組み込まれているボタン電池や小型バッテリーの類は実は魔力・妖力の補助によって成り立っている。

切れていた配線を繋ぎ直し、比較的単純な基盤をチェックし、壊れた外装を補強した。

音はちゃんと【飛んだ】。

翌日、鍵山雛の元へ赴き、厄にやられないギリギリまで近づき、トランシーバーの片方を河原に置いた。

こちらに気づいた厄神さまに手振りでトランシーバーの存在を示し、その場を離れる。

少しの間、不思議そうにしていた雛だが、中空から降りてきてトランシーバーとその脇に置かれた手紙を手に取った。

手紙には河城にとりからの挨拶と、濃い緑色をした小さな箱の使い方が書いてあった。

雛は使用書に従って電源をONにしてみる。

「こちら河城にとり!

鍵山雛さん、聞こえますか? どーぞ ”ガッ”」

小さな箱から元気いっぱいの声が聞こえてきた。

驚いて危うく落とすところだった。

「あー、えーとねー! 『どうぞ』って言ったら返事してってことなんだよー!

【送信ボタン】を押しながら話してみてくださーい! どーぞ ”ガッ”」

雛は戸惑いながらも【送信ボタン】を押しこんでみる。

「あ、あのー、かぎやま、ひな、です…… あ、そうか どうぞ ”ガッ”」

ボタンを離す。

「ぃやったーーー!! 話せたー! うっひゃー! うれしーー!

ワタシ、河城にとり! にとりって呼んでくださーい! どーぞ ”ガッ”」

すごい興奮の仕方だ。

「あ、はい、私は鍵山雛、さっき言いましたね、にとりさん、こんにちは どうぞ ”ガッ”」

「はいはいこんにちは! 厄神さまとお話ししたかったんですよー、ワタシが見えますかー? どーぞ ”ガッ”」

少し離れた川の上流で手をぶんぶん振っている河童の娘がいた。

「にとりさん、見えましたよ、あのー、今さらですけど、これはどういうことなんでしょうか? ……あ、どうぞ ”ガッ”」

「あれー? さっき言いましたよー、ワタシ、厄神さまとお話したかって、一昨日の【厄除けスーツ】は失敗でした!

でも、今度の【トランシーバー】は良い感じです!」

「お話、ですか? なぜ私なんですか? いえ、嫌とかじゃないんですよ?

私なぞのためにお手間をかけていただいて申し訳ないんです……どうぞ ”ガッ”」

「えーっと、ワタシもよく分かりませーん!

鍵山雛さんとお話ししたかったんです!

それからのことはこれから考えます! どーぞ ”ガッ”」

(この河童の娘さん、どういうつもりかしら?)

鍵山雛は正直、戸惑っていた。

自分は流し雛として作られた存在。

いつ【厄神】になったのかはっきり覚えていない。

厄を納める上位の存在との交流はあるが、他のモノとの接触はほとんどない。

いつぞや山に侵入してきた人間には警告のために接近したが、その際は周囲の厄を放散させないためにかなりの【力】が必要だった。

あの後しばらく具合が悪く、力の調節がうまくできなかった。

山の妖怪たちは皆、厄神さまと呼んで愛想よく接してくれる。

でも、自分はそんな大層なモノではない。

ただ厄を集めるための【道具】にすぎないのに。

なのにわざわざこんな道具まで用意して、自分と話したいなんて、変わった娘さんだ。

でも、うれしい。

『話したかった』と願い、話すための手段を用意し、本当に話しかけてきた。

他人から好意的に話しかけられたのは何十年振りだろう。

うれしかった。

「厄神さまー、どうしたんですかー? どーぞ ”ガッ”」

「ご、ごめんなさい、ちょっと考えごとをしてしまいました。

あの、にとりさん? 私のことは雛と呼んでください、それに敬語はやめてください。 どうぞ ”ガッ”」

「え? だって神さまだし、マズいですよ、罰が当たっちゃいますよ、 どーぞ ”ガッ”」

「その【神さま】がお願いしているんです、罰なんか当てさせません! どーぞ! ”ガッ”」

「ははは、面白いんだなー、よーし分かった! 雛! これからは呼び捨てでいくよー! どーぞ! ”ガッ”」

「はい! そうしてください、にとりさん、 どうぞ ”ガッ”」

「えーー? にとりさんってなんだよー、おかしいじゃない?

ワタシのことはにとり、にとりでいいの! どーぞ ”ガッ”」

「そうですね、では、にとり、これでよろしいでしょうか? どうぞ ”ガッ”」

「なんで敬語なんだよー、それもおかしいって、どーぞ ”ガッ”」

「これはいわゆる【仕様】ということで勘弁してください、どうぞ ”ガッ”」

「んー、まーいいや」

しばらくのやり取りの後、二人で決めごとを作った。

トランシーバーの会話は一日四半時(15分)だけ、日中に限ると。

主な理由は、この玩具の通信機、連続使用しているとヤバいほど熱くなってくるからだった。

それにあまり長い時間、雛の仕事の邪魔をするわけには行かないから。

最後に【10・10(テンテン)】と言って交信を終了することも決めた。

翌日も翌々日も箱越しの会話を楽しんだ二人。

雛はにとりの奇想天外な話に振り回されながらもそれを楽しんだ。

にとりは雛が情感豊かに話す深山幽谷の穏やかな移ろいに感動した。

お互いに新鮮で、刺激的で、無条件に楽しい時間だった。

その夜、にとりの工房の戸が叩かれた。

「どなた?」

「こんばんは。こちら河童の河城さん?」

少し開けた戸口に立っていたのは深緑の髪を長く垂らした若い娘だった。

その髪は山の神社の巫女や鍵山雛よりも濃い緑。

背丈は小柄なにとりと大差ない。

少し釣り上った目は金色だった。

簡素な和服に裸足、人間ではなさそうだが、妖怪とも妖精ともつかない儚げな雰囲気を持っていた。

「そうだけど、なにかご用なの?」

「腕の良い技師さんがいるって聞いたの。

直して欲しいモノがあるんだけど」

「そういうことなら話を聞くよ、入って」

戸を全開にして迎え入れる。

「アンタの名は?」

「アタシはハニー」

「ハニー? なんだかずいぶんと俗な名前だねー」

「初対面なのにひどいわね。

本当は『はに』、葉っぱに似ているから『葉似』だからハニーって呼んでね」

笑った顔には愛嬌がある。

確かに濃い緑色は広葉樹のその色に見える。

「ふーん、じゃあ、ハニー…… うーん、なんだか照れるね」

「もっと優しく、甘く呼んでもいいのよ?」

「よしておくれよ、ところで直して欲しいモノってなに?」

ハニーが包みから取り出したのは片手で持てるくらいの木製の箱だった。

脇に金属製のクランクが付いている。

「オルゴールだね?」

「うん、ねじが捲けなくなっちゃったの」

「ちょっと見せて」

オルゴールを受け取ったにとりは作業机に置いて手元用の照明を点ける。

蓋を開け、先の曲がった細いピンセットであちこち摘まんでつついてみる。

「うーん、ゼンマイが切れちゃってるね。

櫛の歯もドラムのピンも欠けてないし、ガバナーの羽根車も大丈夫だ。

全体的にしっかりした作りだからゼンマイを交換すれば元通りになるよ」

「ホント!? よかったー!」

ちょっと飛び上がったハニー。

「喜ぶのはちょっと早いよ、ちょうど良いゼンマイなんて無いから作らなきゃなんだよ?」

「ええー、どのくらいかかるの?」

「ばね鋼の選定、焼き入れの検討、あとはうーん……他の仕事も仕上げなきゃならないしなぁ」

腕組みして天井を見ているエンジニアを不安そうに見ている緑色の娘。

「ざっと一ヶ月」

「そ、そんなぁ! お金はいっぱい用意してきたのよ!」

そう言って作業机に小さな布袋を少し乱暴に置いた。

開いた口から見える硬貨は、錆びて汚れた少額貨幣ばかりだった。

量はそれなりにありそうだが、それでも今回の仕事の内容からすれば大分足りない。

貨幣価値と世間相場を知らないのだろう。

お金の入った袋をぼんやりと見やるにとり。

「盗んだお金じゃないわ! ずーっと貯めてきたアタシの全財産なんだから!」

疑うつもりなんてない、きっと何年もかけてビタ銭を拾い集めたのだろう。

「ハニー、どうしたの? 急ぎなの?」

にとりの穏やかな問いかけにハッとしたハニー。

「あ、い、急いでるって言うか、時間があんまりないって言うか、その……」

「ふーん、なんか事情があるんだ?」

そう言ってにとりはハニーの顔を少し覗き込んだ。

「うう」

小さく唸ったきり、下を向いて黙り込んでしまった。

(言えないけど、急ぐ理由があるんだろうね、それも大事な理由が)

いつもなら理由がはっきりしないと仕事に取り掛からないし、金なら払う、なんて言われたら突っぱねるのに。

(ふー、まいったなー、結構忙しいんだけどなー)

この娘をこれ以上問い詰めるのは気がひけた。

それになんだか必死なのは分かる。

にとりは職人の矜持を少しだけ曲げることにした。

「五日」

「え?」

「だから五日で仕上げるよ」

「ホント? でも、なんで? さっきは一ヶ月って言ってたじゃない」

「【河城にとりは偏屈だけど、抜群に腕の良いエンジニア】なんだよ。

今回は、その偏屈モノの気まぐれだね」

言ってて恥ずかしくなった。

「ふ、うわー! かっこいいーー! 河城さん、かっこいいー! 素敵ーー!!」

思いっきり抱きついてきたハニー。

「お、おい! やめてよ! だめだよ! はなれてよ!」

高出力の好意には耐性の無い純情なエロガッパ娘だった。

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