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厄神さまはキュウリが嫌い(7)

大滝の裏にある大きな洞は哨戒任務に就く天狗たちの詰所だった。

犬走椛は大将棋の駒を布で拭いている。

汚れが染み付き、傷のついた駒たちは、歴戦の兵【つわもの】ども。

使い込まれた長い年月をその身で語っていた。

(そろそろ新しい駒を作ってやろうかな)

駒たちを労いながらも、引退の時期を考える椛。

そんな時、仲間の一人が声をかけてきた。

「もみじー、にとりが来てるよー」

訪ねてきた河童のエンジニアはイケメン狼を外に連れ出した。

「椛、昨日はありがとね。

……それでね、聞いて欲しいことがあるの」

昨夜約束した通り【事情】を切り出した。

厄神さま、鍵山雛とトランシーバーを使って話をしていること。

ハニーと言う名の【べとべとさん】が訪ねて来ること。

事細かに、聞いていて恥ずかしくなるようなことまで打ち明けた。

「雛はスゴい優しいし、お話も綺麗なの、ドキドキするの。

ハニーは気さくで楽しくて一緒にいるとなんだか心が暖かいの。

二人ともとても気になっちゃって、困っちゃってるんだ。

だって、こんなの、その、浮気モノみたいじゃん?」

顔を赤らめながらも困り顔。

「昨日、椛が訪ねてきた時、ハニーの『どうぞ』って言い方が引っ掛かったんだ。

とてもバカバカしいんだけど、ハニーは雛なんじゃないかなって思ったの」

一転、真剣な表情を椛に向けた。

「それで私に厄神さまの様子を聞いたの?」

「うん、でも違ったみたいだよね。

まあ、あの二人、性格や好みも全然違うからありえないんだろうけどさ」

そう言いながらも納得がいっている様子はない。

椛は旧友が何を相談したいのかよく分からない。

恋愛相談なのか、真相解明なのか。

きっと、言っているにとり自身も分かっていないのだろう。

だが、この意外に生真面目なエンジニアがかなり困っている様子は分かる。

「もみじー、ワタシ、どうしたら良いのかな?」

「うーん、私に聞かれてもねえ」

射命丸文にすべてを捧げている椛には複数並行の恋愛感情が理解しにくい。

結局この時は、気の利いたことが言えず、ちょっと気まずい雰囲気のままにとりと別れた。

「いいぜ! これ! いいぜ! にとり、オマエ、やっぱスゴイな!」

霧雨魔理沙から特上の笑顔を真正面から向けられ、河城にとりはちょっと戸惑った。

次の日は雨だった。

いつもの河原まで行ってみたにとりだが、雛はいなかった。

雨足が強いと川が濁る、濁流からは厄が集めにくいと言っていた鍵山雛。

あきらめたにとりは、工房に戻って大仕事の依頼主を待つことにした。

魔理沙は昼過ぎにびしょ濡れの雨合羽をまとって訪れた。

【星成分】を集散させるアイテム【八望手纏】(はちぼうたまき)と名づけた腕輪。

要求以上の出来栄えに若い魔女はとても喜んでいる。

にとりにしてみれば、ついこの間生まれたばかりの幼い人間の女。

輝くような生命力、無視することが困難な存在感、無邪気なのに、たまーに気ぃ遣い。

知ることに貪欲で、話は面白いし、一緒にいて飽きることが無い。

親愛の印だと言って、口づけされたこともあった。

自分の日常を引っ掻き回す騒々しくて不思議な娘。

アイテム製作は思ったよりも手こずった。

【星成分】それ自体が捉えにくいモノであることから、成分濃度、分布状況を客観視するために観測・測定できる【装置】が必要だった。

まずその装置作りから取りかからねばならなかった。

技術者としての挑戦心と、この娘の喜ぶ顔が見たいという想い。

努力のかいがあって、両方とも満たされ、かなった。

久しぶりの大仕事は、にとりにとっても大変満足のいくモノだった。

「にとりー! ホントありがとな!」

抱きつかれて頬にキスされた。

若い魔女はこのアイテムを使って、幻想郷中がびっくりするようなスペルカードを編むのだろう。

「う、うん、がんばってね、魔理沙」

魔理沙が辞した後もしばらくぼーっとしていたにとり。

(魔理沙も素敵だよね、って…… ワタシ! おかしいよ!? こんなの変だよ!)

純情な河童娘は浮ついている自分の恋心がどうにも許せない。

涙が出てきた、頭を抱えて蹲ってしまう。

「にとりー、いるかい? 私だよ」

戸口から声がかかった。

「も、もみじ!? どうしたの? こんな天気なのに」

慌てて戸を開けると傘を差した哨戒天狗が微笑んでいた。

「特に用事ってわけではないけど、昨日はちゃんと話できなかったじゃない?

どうしているかなって思ってさ。

ん? にとり、どうしたの? 目、赤いよ?」

自分を気にしてわざわざ来てくれたのか。

椛の心配顔を見たら我慢ができなくなった。

にとりは自分より少し背の高い友人に抱きついていた。

「もみじー!! もみじぃー!」

泣き疲れたにとりを寝かしつけた椛は、詰所に戻るべく飛んでいた。

好奇心旺盛で、茶目っ気たっぷりの河童娘だが、その中身はとても繊細で臆病。

椛は旧友の悩みがかなり深刻なのだと理解したが、解決のための【次の一手】が全く思いつかない。

誰かに相談したいが、色恋沙汰となると、これもなかなか思いつかない。

捧身献愛の相手である射命丸文は根は優しいし、聡明で頼りになる。

だが、この手の事柄には好奇心が勝って、面白おかしく煽るかもしれないから相談相手としては向いていないと思う。

悩んでいるうちに滝の裏の詰所に到着してしまった。

詰所には鴉天狗の姫海棠はたてがいた。

哨戒天狗の一人と話していたが、椛に気付き手を振ってきた。

「あら、椛、ひさしぶりー 元気?」

はたては白狼天狗を見下さない。

誰とでも気さくに話すその様を見て、引きこもりで世間を知らないからだと陰口を叩くモノもいる。

引きこもっていた時期はたまにしか見かけなかったが、それでも目が合えば大きな声で挨拶をしてくれて、ちょっとした会話を仕掛けてきた。

緊張し、声も上ずり、それでも必死に笑顔を作りながら、下位の天狗たちにも気を遣って丁寧に話しかけてきた。

きっと、はたてなりに他者とのつながりを大事にせねばと、無理をして頑張っていたのだろうと思う。

偉ぶらず、痛々しくも健気な態度を長年見てきた一部の下級天狗たちは秘かに応援していた。

(はたてさま! がんばーー!)

【花果子念報】は彼等の購読によって支えられていた時期が長かった。

その大昔、はたてが鴉天狗になった当初、【射命丸を凌ぐのでは?】と期待された逸材だったが、ほどなく引きこもってしまった。

理由は誰も知らないし、本人も語らない。

最近自宅から出るようになり、文との対抗新聞同士(ダブルスポイラー)を宣言し、張り切っている。

下級天狗たちは、この突然の変容に驚きながらも暖かく迎え入れた。

下積み時代から応援してきたアイドルがメジャーデビュー目前までのし上がってきた、そんな感じ。

だから皆、喜んで取材に応じるのだ。

「椛、どしたの? 難しい顔しちゃって、美人さんがもったいないわよ?」

にこっと笑うツインテ天狗。

実は椛も秘かに応援していた一人。

文がはたてをこき下ろすのをいつも複雑な気持ちで聞いていた。

(このタイミングでこの方と出会うということは、天の配慮と思って良いよね)

椛は自分を納得させた。

「はたてさま、私、ちょっと困っているんです」

「あらー? いつでも剛速球をド真ん中の椛が困るなんて珍しいじゃなーい?」

軽く茶化してみたが、相手は全く乗ってこない。

「あ……ごめん、真面目な話なのよね? ちゃんと聞くからさ、外に行こうか?」

こういった気遣いができるからこそ本当に近しいモノからはとても好かれるている鴉天狗。

「命蓮寺に行ってみたら?」

岩棚の下、雨を避けながら椛の話を聞き終えたはたての一言。

「二股に罪悪感を覚える真面目な娘の話、うーん、それだけじゃないわよね。

なにかもう少しカラクリがあるような気がするのよね」

「カラクリですか?」

はたての考察と命蓮寺が結びつかない椛はちょっと首を傾げる。

「ナズーリンデスクを知っているでしょ?」

幻想郷新参のネズミ妖怪。

目の前にいる元引きこもりの鴉天狗を射命丸文のダブルスポイラーになるまで叩き直した辣腕デスク。

その他にも数々の言伝えのある得体の知れない小柄な妖獣。

文からも散々聞かされている。

「今聞いた話だと、突然現れた【べとべとさん】の娘が気になるのよねー。

なんだかひっかるわ。

とっても興味深いから私自身で調べてみたいけど、その【べとべとさん】、オルゴールのことから察するに、なにか時間制限を抱えているみたいでしょ?

手遅れになったら良くないわね、急ぎの揉め事ならデスクに頼むのが一番よ」

「ナズーリンさん、ですか?」

「そう、頼りになるわよー、ホント頼りになるの」

文をはじめ、幻想郷の有力者たちが一目置いているミラクルダウザー。

そう言えば、にとりも度々その名を口にしている。

『ナズーリンのダンナ』と。

相談してもいいかも知れない。

一緒に行こうか、との申し出を感謝の言葉とともに断った。

これは自分の問題だから。

「早速、行ってまいります。

はたてさま、このような瑣末なことにお心遣いいただき、ありがとうございます」

丁寧に礼をする椛の肩をぽんと叩くはたて。

「椛は自分のことは自分でなんとか解決すると思うの。

でも、ヒトのためを思うからこんなに困っていたんでしょ?

そんな椛だから私も力になりたいわけよ」

そう言って優しく笑った。

もう一度深々と礼をした白狼天狗。

空を見上げると雨は上がっていた。

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