「……複合技ですか」
ナズーリンの意味ありげな説明を聞いて考え込む妖夢。
賢将は剣士に自分で考えることを求めているから全ては話さない。
(横薙ぎの一撃には【胴】が開かないと……)
(【胴】が開くのは振り上げた【面打ち】の時かな……)
(必ず【面打ち】をさせるためにはこちらの頭上に隙ができないと……)
(わざと隙を作るって、結構怖いな……)
(あ、でも、私の【面打ち】は、思いっきり踏み込むと刀が地面近くまで下がって、頭、がら空きだ……)
(あ……あ、ああーー! そうだー!)
「ナ、ナズーリンさん!」
「なんだね」
「あ、あの! 聞いてください!」
「はい、聞きましょうかね」
興奮している少女剣士に優しく受け答える。
草餅をもちゅもちゅ食べながら。
「まずですね! 私は上段に構えます!
刀の長さを見せつけるようにです!」
「ほうほう、それで?」
「私の楼観剣、長いじゃないですか!
だから相手はいつもより間合いを多く取ると思うんです!」
「そうだろうね」
「そしたら私は思いっきり踏み込んで【面】を打ちます!」
「うん、それから?」
「間合いを取られているから空振りになります。
そして思いっきりでしたから私の体は前のめり気味です!」
「そうなるだろうね」
「相手はチャンスと見て隙だらけの私の頭上に一撃をくれようと得物を振り上げ突っ込んできます!」
「多分そうなりそうだね」
「でも、ここからが勝負!
私は相手の一撃が届くより早く振り下ろした刀を右斜め上に斬り上げます!
バシューーー!! これで! 決まりです!!」
はあはあと呼吸を荒くして自分なりの必殺技を解説した妖夢。
「……んー」
顎に手をやって横を向いているネズミの従者。
「だ、ダメですか?」
一転、不安そうに問いかける。
「いや、驚いていたんだ。
私が説明しようとした【つばめ返し】そのものだったから」
「え?」
「私の推測はキミがイメージしたものの通りだ。
うむ、これなら話は大分早い、やってみようか」
「そ、そうなんですか?」
閃いたことを勢いに任せて喋ったに過ぎない。
当然、修正されるものと思っていたのに。
「でも、自分で言っておいて何ですけど、こんな単純な技なんですか?」
「最初に言ったろ? 必殺技はそれ自体を漫然と繰り出しても当てにならない。
熟練のフェイントがタイミング良くハマった時に初めて相手の意表をつく必殺技となり得るんだよ」
「はあ」
「本気必殺の剛刃一閃の縦切り、ようやく躱した相手がキミの頭上に一撃をくれようと得物を振り上げた瞬間、返す刀で斜め上に力の限り斬り上げる。
よし! これを【魂魄妖夢のつばめ返し】としよう。
全てはタイミング勝負だが、一撃目のフェイントの本気度と、ファイナルスラッシュの力強さにかかっている」
目を丸くしている妖夢に言い聞かせながらナズーリンは思う。
(一段打ちが常識だった時代とは違い、高度な複合技にも対応しているご主人にどこまで通用するか疑問ではあるが、元々の実力差がありすぎるのだ。
【キワモノ】だとしても名のある必殺技、極めても損はなかろう。
なんにせよ、妖夢どの自身が導き出した結論なのだからやらせてみよう)
その後は二人で秘密特訓の打ち合わせをした。
一段落したところで妖夢が思い出したように告げる。
「それはそうと、さっきのナズーリンさん、デレデレしてカッコ悪かったです」
「は? なんだよ、いきなり。
さっきって、……もももももしかして咲夜どのののののののこと、かい?」
「そーですよ、イチャイチャベタベタしちゃって、なんですかアレ?」
(くそー! やはりバッチリ見られていたのかー、めんどくさいなー)
「いや、あれはだね、色々経緯があってだね」
「寅丸さんに報告しようと思っています」
(げげっ!?)
「まままままま待ちたまえ! キミは勘違いをしている!
咲夜どのは私をからかっているだけなんだよ!」
普段冷静なナズーリンが予想以上に慌てている。
捉えどころのない賢将が随分と身近に感じられ、なんだか面白くなってきてしまった妖夢。
「そうですかー?
あのヒト、ナズーリンさんを誘惑してたんじゃありませんかー?」
「だだだだだだだから違うって!
そ、そうだ、そんなこと、ご主人様に言ったら動転してまたキミの稽古が遅れることになるぞ!」
「あ……そうか……そうですね」
ぽかんとしたあと、頷く妖夢。
「そうだ、そうだよ!
も、物事は先の先までよく考えなければいけない!!」
「うー、分かりましたあ〜〜」
それでも、ひょっとこみたいに口を横に尖らしながら答えた。
だから、そんな顔やめなさいって。
二人が命蓮寺に戻ると寅丸も戻っていた。
用事は予定より早く済んだらしい。
「妖夢さん、あまり時間はありませんが稽古しましょうか?」
律儀な毘沙門天の代理が申し出てくれる。
「いや、ご主人様、時間が半端だから無理をすることはないよ」
従者が主人を制して言う。
「これより妖夢どのと私、二人で打倒寅丸星の秘密特訓をするから」
(はああー!? なんで言っちゃうんですか!!)
ナズーリンが普通の調子で主人に告げるその内容に心中で飛び上がるほど驚いた。
(ひ、秘密の特訓だって言ったじゃないですかー!)
「だから見ないで欲しいんだが」
「はい、了解しました」
寅丸はニコっと笑った。
(ええええー!? なんですかそりゃー!)
「ああ言っとけば律儀なご主人様は決して様子を見ようとはすまい。
うっかり見られることもなくなる」
「秘密特訓なのに言っちゃうなんて、秘密になりませんよ、おかしいですよ!」
寅丸がいなくなってからエラい剣幕で詰め寄る。
「倒したい相手その当人に稽古を願い出る妖夢どのに言われたくはないがね」
「ふへ? ……あ、あれとこれとは違いますよお」
「そうかなー、根っこはあまり変わらないよ」
「違いますからね!」
ぷっと頬を膨らませる。
(……でも、自分を倒すための秘密特訓だと言ったのに、全く関心が無いんだ。
きっと寅丸さんにとってはお遊戯みたいなものなんだろうな)
ちょっと凹んでしまう妖夢。
「さあ、特訓だー! 張り切っていこう!」
「もー、なんでナズーリンさんの方がノリノリなんですか?」
「実のところ、ご主人様が武術で慌てるところ見てみたいのさ。
つまり、妖夢どのはそのダシなわけだね」
ニヤッと悪党面を向ける。
だが、妖夢は分かってきた。
このネズミの賢者の偽悪趣味を。
現にたくさん知恵を授けてくれ、細々と手助けしてくれている。
このヒトは心底優しいのだ、そしてきっと照れ屋なのだ。
「もー、それが本音なんですかあ?」
そう言って自分の腰をナズーリンの腰に軽くぶつけた。
ちょっとよろめくネズミ妖。
「おっとっと、まぁ、私のためにも頑張ってくれたまえ、うふふふ」
「仕方ありませんね、あははは」
二人、笑い合う。
魂魄妖夢、こんなやりとりは生まれて初めてのこと。
物心ついた頃から西行寺幽々子に仕え、冥界からほとんど出たことはなかった。
最近になって幻想郷の賑やかな連中と交流するようになったが、世間知らずの身は結構緊張を強いられている。
そんな中で、これほど心を開けることは初めてだった。
泣いて、怒って、驚いて、悔しくて、恥ずかしくて、困って、そして笑って。
全部、思いっ切りの感情で。
こんな短期間で想像を遙かに超える濃密な経験をしている。
その経験のほとんどにこのヒトが関わっている。
「さあ、そろそろ始めようか【魂魄妖夢のつばめ返し】の特訓を」
「はい!」