紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

ナズーリン! 旧地獄のズバット(9)

ナズーリンと二人きりになったさとり。

「アナタはご主人様に随伴しなくて良かったの?」

さとりはとりあえずそう言ってみたが、とても緊張していた。
このネズミ妖怪の思考が全く読めないのだ。
心の表面に薄靄がかかっているようで内側に入り込めない。
一体、何者なのか。

「私は貴方に用事があるのさ。
……古明地さとりどの、私の心が読めないのかい?」

無表情だったナズーリンの口元がきゅうっと上がった。
相手の思考が読めない状態に慣れていない覚り妖怪は激しく動揺する。

「心の表層を閉じることは、その意味を理解し、慎重に地道に訓練すれば然ほど難しいことではないからね」

このネズミ妖怪、やはり意図的に心を閉ざしているのだ。

「心を読まれることを是とするモノはいないだろう。
もちろん私もさ、不都合かな?」

「いえ別に……」

大いに不都合だが『心を読ませなさい』と要求するのもヘンな話だ。

「覚り妖怪には及ばないが、私も心が読めるんだよね」

「え……」

トンでもないことを言い出した。

「まぁ、特に宣伝しているわけではないし。
キミが今、この瞬間に強く思っていることくらいしか読みとれないがね。
試してみようか?
んー、キミの下穿きの色を読んでみようかな」

「なんですって?」

あまりにも唐突な話。
さとりは思わず今日の下着を意識してしまった。

(えっと、今日はお客さんだから念のために穿き替えたんだっけ……)

何の【念のため】かは不明だが、それが乙女としての標準思考なのだ。
間違ってはいない、正統派乙女の正しい心構えだ。

「そうだ、そうやって強く表層に出してくれれば読みとれる……
……ほう、薄紫か、なかなかセクシーだねぇ」

「まさか……そんな」

当たりだった。

「話は変わるけど、新作はいつ頃の予定ですかね?」

「……なんのこと?」

心をシェイクされ、いつもの精神的優位を確保できない覚り妖怪。
立場が逆転するととても脆い。

「【煙字(けむあざ)こてら先生】の新作だよ」

「っ!?」

地霊殿の主は驚き過ぎて声も出なかった。

読書好きの古明地さとり。
読むだけではなく、小説を書いている。
最初は書くだけで満足していたが、いつしか発表したくなった。
だが、地霊殿の主が本名で出版するのは憚りがあるのでペンネームを使った。
それが【煙字こてら】。
こっそり、ひっそり出版した。
店頭に並んでからの数日はロクに眠れないほどドキドキしていた。
たくさんは売れなかったが、しばらくしてから販売元を経由して読者からのお便りが届いた。
たったの三通だったが、どれも熱烈な感想だった。
丁寧に読んでくれたヒトがいたことにさとりは涙した。
その手紙を何度も何度も読み返し、勇気づけられた。

「何故それを?」

出版元への入稿や打ち合わせはお燐を変装させて行なっていたのでバレるはずはないと思っていた。

「もしかしてと思っていたんだけど、今、確信したのさ」

「……読んだの?」

「心をかい? まぁそうかな。
でも、先生の出版物はすべて持っている。
二重の意味で【読んでいる】わけだねー」

とても楽しそうなネズミ妖怪。

「あり得ないほどファンシーでスウィートな世界観、そして過剰なまでに粘着質な心理描写が特徴のご近所冒険譚だよね」

スパスパと評価され、猛烈に恥ずかしい。
さとり自身もやり過ぎかなと省みるほどに色々とネタを詰め込んでいる。

「ベストセラーにはならないだろう。
表現がクドいし、独りよがりな展開が鼻につく。
特殊なマイノリティーには支持されるかも知れんがね」

痛いところをグリグリ突かれる。
泣きたくなってきた。

「でも、慣れるとこの世界観、クセになるんだ。
何度も何度も読み返してしまう。
続きが気になるんだよね」

ネズミの笑っている顔は今までになく優しい。

「それで、新作の進捗状況はどうですか? 煙字(けむあざ)先生」

この相手にトボケるのは意味がないと判断したさとり=こてら先生。

「えっと、来月末には入稿できると思います、いえ、します」

「それは僥倖、楽しみにしていますよ」

出版元と販売元(本屋)には作者は秘密だと、クドいほど言っておいたはずなのに。

「ペンネームから当たりをつけたんだよ。
【けむあざこてら】を五十音順で一つずつ後ろにずらすと【こめいじさとり】だったからさ」

(あ……気が付くヒト、いたんだ……)

気付かれるハズがないと遊びで作ったP.N.
でも、誰かに気付いて欲しかったのかも知れない。
これを書いたのは私、古明地さとりだと。

(出版元をマークしていたらキミのところの猫さんが出入りしているようだったから、ちょいと中身を覗かせてもらったんだけどね)

この程度の調査は、腕利きの密偵であり、探索のプロであるナズーリンにすれば児戯に等しい。
心を読むなど、ハッタリだ、そんな力は元々無いんだから。
唯一確かな【心を読まれない術】だけを最大限に利用し、事前の情報収集を元に相手の出方を見ながらのリーディングで翻弄、そして圧倒的優位に立つ。
ここまでは狡将ナズーリンの思惑通り。

一方の覚り妖怪は非常に希な状況【精神的に劣勢】だった。
秘密を知られてしまった。
それも極めてプライベートな事だから、公表されたくはない、絶対に。

「それでアナタはどうしたいの?」

これをネタに強請られるのか、と警戒するさとり。

「さとりどの、こんなやり取りの時はもっと慎重に構えなくてはいけないな。
今の発言は、相手にみすみす主導権を与えることになるんだよ?」

確かにこれでは要求を飲むつもりなのが丸分かりだ。

「まぁ、もっと高等な駆け引きにおいては、自分の弱みをわざと晒して相手の油断を誘うってのもあるがね。
さとりどのはそこまで擦れていないようだから気をつけたまえ」

何も言い返せないさとり。

「だが、せっかくの申し出だから私の要求を聞いてもらおうかな?」

(結局、そうなるんじゃないの!)

思わず身構える。

「サインが欲しいの」

「……サイン?」

ナズーリンはそう言いながら鞄から小さめの色紙を取り出した。

「あの、私、煙字先生のファンなの。
【ナズーリンさん江】って書いてくれると……嬉しいな」

そう言ってモジモジ恥ずかしそうに色紙と太ペンを差し出す。

さとりはこの超展開について行けていないが、取りあえず行動する事にした。
サインなんか書いたことはなかったので普通の字で【ナズーリンさん江 煙字こてら】と丁寧に書いた。

「……これでいい?」

「ありがとう、煙字先生、これからも応援します」

サイン済みの色紙を大事そうにしまったナズーリン。

「あ、はい、頑張ります」

なんだ、この展開は。
冗談なのだろうか?
訝しげなさとり、ダメもとで今一度ナズーリンの心を覗いてみた。
すると表層が少し見えた。

『ぃやったーー! 煙字先生の直筆サイン、ゲットだぜー!』

ホントに喜んでいる。
こちらが恥ずかしいくらいに。

「さーて、古明地どの、本題に移るとしようか」

ナズーリンの態度は一転、元の不遜な雰囲気に戻ったようだが、心の内はポロポロこぼれだしている。
気が緩んでいるのか、心が閉じ切れていないようだ。
しかし、先ほどナズーリンが言ったように、これは罠なのかも知れない。
さとりは慎重に【アクセス】してみた。

『はあー、満足したー、来て良かった。
良かったと言えば、さとりどのは噂より遙かに美人じゃないか。
病的なまでに色白の肌は図書館魔女よりも白いかも知れない。
気品と儚さが同居する深窓の令嬢だね』

そんな風に見られているなんて、嬉しさよりも恥ずかしさが強くなる。

『うん、是非、いじくり倒したいな』

「……どうしてそうなるのよ」

声に出してしまっていた。

「ん? そうか、心を隠すことを忘れてしまっていたね。
これはうっかりした」

ひょいと首をすくめるネズミ妖怪。

続けてさとりの第三の目経由で飛び込んできたのは色々な姿をした自分自身だった

「な、なんで私、そんなおかしなポーズになっているの?
親指を咥えて上目遣いをしていたり、短いスカートで体育座りをしていたり、舌をだらしなく出したまま虚ろな表情をしていたり」

それ以外も口には出せないような淫らな格好をした自分自身を次々と見せつけられた。

「おっと、迂闊だった」

「アナタ、わざとでしょ? やめてくれない?」

顔をほんのり赤らめ、ちょっと怖い顔で睨んできた。
その顔に満足げなナズーリン。

(私の妄想を正確に把握してリアクションしてくれる。
言葉にできないイメージまでもだ。
こんな楽しい相手はいない、ある意味理想の相手かも。
悔しそうに唇を噛んだり、恥じらったり、怒ったり。
んー、可愛いなんてモンじゃないぞ。
それに加えて憧れの小説家先生なんだ、ギャップ効果も十分だ。
あれれ……これは……良いな……かなり良いな!)

テンションがパカパカ上がってきたエロ将。

「さとりどの、キミが気に入った。
もう私のモノだ、絶対に幸せにするから!」

「いつ、アナタのモノになったの?
それに、寅丸さんのことはどうするのよ」

ムッとする覚り妖怪。

「ご主人様は別だ、キミは私の性的なオモチャとして在って欲しい」

「それって何なの? ファンだって言ったくせに……」

もう訳が分からない。

「それも込みでだよ。
シニカルなくせにホントは優しそうだ、うん、気に入った。
放っておけないよ、月一で通わせていただこうかな。
さとーりんって呼んでいい? ナズーリンみたいだよね」

「いやよ」

「茶菓子は持参するから、美味しいお茶を頼むね」

「了解していないわよ」

「私は成熟した女体にしか興味が無いはずだった。
ロリには興味は無いはずだったのに。
まぁ、キミの実体は【大人の女】だ、しかも震えが来るほど良い女だ。
これもギャップ萌えなのかな?」

「そんなこと知らないわよ。
……私がその【ロリ】だと言いたいの?」

実はさとりはそのような言われ方をすることが多いのだが、自身は全く納得がいっていなかった。
正直、不愉快だった。

「私にロリエロスの魅力を開眼させた罪は重いぞ。
とても重い、償ってもらおうか」

「それって私のせいなの?」

「私の新境地、ロリエロスの評価を頼みたい」

「絶対にイヤ」

「まぁ、徐々にキミの心も体もほぐしていってあげるからさ。
キミを開発したい。
古明地さとりの開発担当は向こう百年、私が専任させていただく。
これは誰にも譲れないからね」

「さっきから話がかみ合っていない。
アナタが一方的に勝手なことを言っているだけでしょ?
私に触れたら許さないから」

「私の経験から言わせてもらえば、キミの身体はとても高感度なはずだよ」

「何よそれ」

「絶頂を極めやすい恵まれた体質だと言っているのだ」

「ふざけないで。 何を根拠に」

「だって、私は女体観察の専門家だよ?
キミの能力はまだまだこんなものじゃないはずだ。
キミ自身、分かっているんだろう?」

「わ、私の能力?」

「緊縛」

「は?」

「縛られることによってキミの真の能力が開花するはずだ」

「まったく意味が分からない」

「三年だ、三年くれれば成果を出してみせる。
説明するのがまどろっこしいな。
私の心を読みたまえ。
三年にわたる綿密な調教計画をその眼で見たまえ。
私がハッタリを言っているのではないと納得できるはずだ!」

勢いに押されてナズーリンの心を、詳細な計画を【視て】しまった。

「…………へ、へ、変態ーー!!」

こんな大声を出したのはいつ以来だろう。

「断言しよう、キミは幻想郷で最も縄の似合う女だ。
透き通るほどの白い肌、未成熟な肢体、そして固い表情、それらは縄によって彩られ、完全体へと浄化されるのだ!」

「ホッントに訳が分からない!」

「ふおー! ロォマーン ティーックがっ止まらないぞおー!
私の果たさなければならない使命はここにもあったのだ!」

両腕を広げ天を仰ぎ、恍惚の表情のナズーリン。
なんだかとても満足していてこのまま完結してしまいそうだ。

「やめてーーー!」

力の限りの、しかし、か細い絶叫だった。

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