紅川寅丸とTeam東方不敗の作品やご案内

紅魔の騎士ナズーリン!(3)

立っているナズーリンを半円で囲むように配置された小卓付きの椅子。
紅魔館の住人たちが座っている。
たくさんの蝋燭がこれから始まる演し物の雰囲気を盛り上げている。
お茶も行き渡り、開演を待つばかりとなった。

「さて、今宵、お聞かせするのは【野ばらの冒険】。
野ばらと呼ばれるこの少女、ヒトではありません。
妖怪のような魔物のような精霊のような曖昧な存在です。
ですが、ごく普通に生まれ、ごく普通に暮らしていました。
そんな彼女が突然巻き込まれた不思議な冒険のお話です」

ナズーリンの一人芝居が始まった。

『その【石】を探すことが早道みたいね』

野ばらが頼まれたお使いはいつの間にかちょっとしたクエストになってしまった。
旅の途中で出会った不思議な人物たちとやりとりする主人公=野ばら。

『ねえ、お姉さんはどこに行きたいの?』
……
『野ばら、オマエは何も分かっちゃいない』
……
『お嬢ちゃん? この先はとーっても危険なのよ~』
……
『ならば教えて進ぜよう、泉の水を飲んだ者の末路を』
……

ナズーリンはいくつもの声色を使い分け、少年少女、青年、熟女、老人になった。
時にあどけなく、時に醜悪に、手振り身振りを交え、たくさんの登場人物を演じ分ける。
そして所々でナレーションとして【素】のナズーリンが解説を入れた。

「……そう言いながらも野ばらはイヤな気はしなかったのです……」

姫海棠はたては照明係。
柔らかい室内履きで音もなく移動し、蝋燭を消し、点け、光量を調節する。
ナズーリンが合図を送っているようには見えないのに絶妙のタイミングで【舞台】の雰囲気を盛り上げる。
まさに阿吽の呼吸の師弟。
それを目で追っているパチュリーは下唇を噛んでいる。
この娘、ちょいちょい気が逸れてせっかくのお話に集中しきれていない。

『お、重いっ! うぐぐぐ……! も、もう少しっ!』

腰を落とし、重い物を持ち上げようと踏ん張る【野ばら】=ナズーリン。
野ばらのクエストはどんどん大事(おおごと)になっていく。
いつの間にか【伝説の青輝石】を入手しなければならなくなっていた。

聴衆は一様に拳を握りしめ、同じく力を込める。

『あとちょっとなのに!
それ、そこにあるのに!
今しかチャンスはないのに!
だれか、だれか、その【石】を拾ってー!』

苦しそうに手を伸ばす【野ばら】=ナズーリン。

ガタンッ!!

思わず立ち上がってしまったのは芝居に飲まれたフランドール。
駆け寄ろうとして美鈴に抱きとめられた。

「い、妹様、いけません!」

「そう、そのとき野ばらの切なる願いは届いたのです。
その【石】を拾い上げてくれたのは……」

ナレーター=ナズーリンが目の前まで迫ってきたフランに語りかける。

「だ、誰だったの? まさか……」

お話に割り込んでしまったフランが恐る恐る問う。
たっぷり間を取ったナズーリンが和やかに告げる。

「それは、怪猿【キュルス・トルス】!」

「う、ああーー! やっぱり助けにきてくれたんだ!」

手を打って喜ぶフラン。

冒険の序盤で出会った皮肉屋だけど誠実で知的な大猿の妖。
偶然キュルス・トルス危機を救った野ばら。
そして少しの間だったが、旅の道づれだった。
二人はウマがあったようで軽妙洒脱なやりとりが楽しかった。
いくつかのトラブルや問題もフォローしあって乗り越えた。
目的地が異なるため途中で分かれてしまったが、短い時間で旧知のように心が通い合った。

その彼がここ一番で駆けつけてくれたのだ。

「そう、【キュルス・トルス】の信条は?」

ナズーリンが聴衆に問いかける。

「『受けた恩は必ず返す!』」×2

フランドールとレミリアが同時に叫んでいた。

「そのとおり!」

ナズーリンはにっこり。
嬉しそうに涙ぐむフラン、そして思わず叫んでしまった自分に驚いているレミリア。
観客がお話に割り込んでくるハプニングも難なくいなし、更に引きつける切っ掛けにしてしまう。
熟練のパフォーマーにとっては造作もないことだった。

「でも、本当の危機はここからだったのです」

語り部は低い音調に転じた。
眉間に皺を寄せ暗い表情。

「え?……」

「【キュルス・トルス】はその【石】を野ばらに渡してくれなかったのです」

「どうして? 早く、早く渡してあげてよ!」

お話に入り込んだままのフランドールが訴えた。

ナズーリンは歯を食いしばり、激痛に耐えるがごときの表情で言った。

『……野ばら、すまん。
今は、今はこうするしかないんだ』

これは【キュルス・トルス】としての台詞。

「そう言い残し、野ばらをそのままにして立ち去ってしまいました」

ナレーター=ナズーリンが続けた。

「すまん、じゃないよー! どうしてよ!
助けに来てくれたんじゃないの!?
野ばらを放っておくの!?」

フランはこの状況に食らいついたまま。

「目の前で【石】を持ち去られ、愕然とする野ばら。
しかもその相手が心を通わせた友人だったとは。
力が尽き、心も砕けた野ばらは気を失ってしまいました……」

「いやあーーー!!」

すべての蝋燭が一斉に灯り、部屋が明るくなった。

「さ、小休止とさせていただきましょうか?」

明るい表情できっぱり告げるネズミの語り部。

「え? ええ!? 続きは!? 野ばらはどうなったの?」

突然の場面転換が理解できないフランドール。

「幕間(まくあい)でございますよ」

ナズーリンが微笑む。

「フラン、少し休憩なのよ」

「きゅう、けい? どうして?」

「ナズーリンは、かれこれ2時間近く演じっぱなしなのよ。
少し休んでもらった方がいいと思わない?」

姉が優しく諭す。

「……あ、そうか。
騎士さま、ごめんなさい……」

すぐに状況を理解した妹が申し訳なさそうに謝った。

「いえいえ、それほどご堪能いただけたとは恐縮です。
少しお待ちくださいね。
後半は更に盛り上げて参りますから、どうぞご期待ください」

今宵一番の聞き手であるフランドールに特上の笑顔を見せた。

「咲夜、お茶を頂戴、皆にもね」

正式に休憩に入る旨を当主が告げる。

「はぁ……」

「咲夜?」

「……は、はいっ、かしこまりました」

咲夜もしばし立場を忘れるほど物語に没頭していたようだ。

十六夜咲夜は少しだけ考えた。
彼のヒトはずっとしゃべりっぱなしだったのだ。
熱い紅茶が適しているとは思えない。
メイド長はネズミの語り部にだけ違う飲み物を供した。
薄目に作った冷たいレモネードを大きなグラスで。

わたされたナズーリンは嬉しそうにゴクゴクと呷る。

「ふうーーーー、今この瞬間、最も欲しかった飲み物です。
咲夜どの、この一杯、貴方の心配りで私の心身は完全に蘇りました。
【最高の】とは貴方に対する接頭語で定着させるべきだと思います。
……ん……ありがとう」

最後は賢将の素のままの木訥な感謝だった。

「おそれいります」

咲夜はいつものように冷静な応えだったが、その頬は少しだけ赤くなっていた。
実は紅魔館勢の中でもっともナズーリンに【イカレ】ているのは十六夜咲夜なのだ。

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