そして後半の部が開演した。
「さて、この泥棒少年が昨夜、どこにいたか覚えていますかな?」
「あ、橋の下だあ!」
「そう、そのとおり、だからこそ知っていたのですね」
後半はちょいちょい観客を巻き込みながら話を進める。
『そこの娘さん、これはおいくらですか?』
美鈴を店の売り子に見立て、品物の値段を聞く【野ばら】=ナズーリン。
「えっと……150、いえ、100で結構です、あはは」
『へえー、安い! じゃあ、二つくださーい!』
一方的に話すのではなく、問いかけ、参加させ、一体感を構築していく。
そしてクライマックス。
野ばらの目的地はあと少し。
決死の行動で【石】を奪い返した野ばらと【キュルス・トルス】。
彼が一時的に【石】を持ち去ったのには理由があったのだった。
しかし、奪還時に彼は瀕死の重傷を負ってしまった。
『野ばら、ここでお別れだ』
『どうして?』
『ご覧の通りさ、もう、まともに歩くことさえできない』
『私が背負っていくよ』
『ははは、オマエの足手まといになるくらいなら死んだ方がマシだ』
『そんなこと……そんなこと言わないでよ』
『ここで待っているから、気が向いたら帰り道で拾ってくれよ』
『でも、でも』
『オマエの目的を果たしてこい』
『……わかった、行ってくるね、必ず戻ってくるから』
「野ばらにも分かっていたのです。
彼の命は尽きようとしていると……」
ナレーター=ナズーリンの沈んだ声。
目を潤ませたフランは口に手を当て、必死に堪えている。
『ああ、待っているよ』
「野ばらを優しく見送った【キュルス・トルス】がつぶやきました」
『生き延びろよ、野ばら……』
穏やかに言った【キュルス・トルス】=ナズーリンは少し間をおいた後、くたっと倒れ、動かなくなった。
「う、うええええーん!」
フランより先に泣き出したのは美鈴だった。
そしてエンディング。
「目的を達した野ばらは幾人からとても感謝されました。
素敵なモノをいくつか得ることが出来ました。
しかし、大事なモノをいくつか失いました。
そして、再び独りぼっちになってしまいました」
ナズーリンが静かにエピローグを語る。
「結果としてあんなことをしてしまったのです。
もう故郷へ帰ることは出来ません。
……野ばらはこれからどうするのでしょう?」
聴衆に問いかけ、少し間を置く。
「野ばらは旅に出ることにしたようです。
自分が信じる、信じられる、信じたいモノを探す旅に。
前より少しだけ他人の心に敏感になり、優しく接することが出来るようになった野ばらです。
いつか望んだモノを見つけられることでしょう……」
そして明るい口調で告げる。
「さて、今宵お届けいたしました【野ばらの冒険】。
これにてお終いでございます。
ご静聴、ありがとうございました」
片手軽く胸にあてお辞儀し、終劇を宣言したナズーリン。
ぱちぱちぱちぱち
上気した顔で拍手するフランドール。
それに釣られるように全員の拍手が追いついてきた。
「雨は止みそうにないわね。
二人とも、今夜は泊まっていきなさい」
「お言葉に甘えさせていただきましょうかな」
当主の提案に気取って答えるエンターテイナー。
(え、と、とま、とま)
途端に慌て始めたパチュリー。
両手を耳や口元や肩や胸に忙しなくパタパタとあてている。
小悪魔への秘密のサインだ。
『ワタシノヘヤノソウジ、テッテイテキニ。
シーツモカバーモシンピンニカエテオイテ。
アト、コノアイダカッタ、フリフリセクシーシタギヲヨウイシテオイテ』
必死のシークレットアクションだが、普段は動きの少ない病弱魔女が壊れかけのゼンマイ人形のような不気味な動きをし始めたので皆の視線が集中してしまっている。
受信側の小悪魔は額と両肩をちょんちょんと触った。
『否』のサイン。
「どうしてよ!?」
パチュリーは思わず怒鳴ってしまった。
秘密のサインが台無しだ。
「咲夜、客室の支度を」
紅魔館当主が告げるとメイド長は軽く頭を下げた。
(え、客室? ……そうか……そうよね)
きょとんとなったパッチェさんだが、すぐに理解できた。
なんといっても紅魔館は広い。
客用の部屋などたくさんあるのだ。
わざわざ誰かの部屋に押し込める必要はない。
「ナズーリンとはたて。
二人は一緒の部屋でよいかしら?」
「絶っっ対ダメよ!」
「パチェ、アナタ、さっきからどうしたの?」
分かっていて言っているレミリア。
笑いを堪えるのに必死だ。
「い、いえ……なんでもないわ、なんでもないのよ……」
真っ赤になって下を向いたパッチさん。
「お姉さま、今夜は一緒に寝てもいい?」
「かまわないわよ?」
フランが遠慮がちに聞いてきた。
「【野ばらの冒険】のこと、お話ししたいの」
「そうね、それも良いわね、でも、話し終わったら早く寝るのよ?」
「もちろん!」
吸血鬼の姉妹は笑いあった。
アフターを楽しむようだ。
パチュリーの私室。
小悪魔がミルキーセピアを用意している。
ホットミルクに蜂蜜とブランデーを少量加えた快眠を支援する柔らかい飲み物。
不規則な生活サイクルの学究魔女は寝つきが良くない。
そんな彼女のために小悪魔は就寝前にこれを飲ますことにしていた。
「それでは失礼します。
パチュリー様、おやすみなさいませ」
退出しようとした小悪魔だが、主人は何か言いたそうだった。
「どうなさいました?」
「もしかして夜中にはたてが私の部屋に忍んでくるかも知れないわ」
(……はあ? 何を言い出すんだか、この妄想魔女ッコは)
目の前の学者魔女は【知】に関しては誰よりも努力する天才。
そのポテンシャルは魔道の深淵、真髄に踏み込めるかもしれないと小悪魔は思っている。
彼女に召還されたとき、そのあまりにも鮮やかで洗練された術式に魅了され『このヒトなら』とロクに条件も出さず従属を申し出てしまったくらいだ。
その能力には素直に畏敬の念を抱いている。
だが、大魔法使いの素質は十分なはずのこの娘、自分の恋愛については気の毒なほど色々と足りない。
この問題に限ってはすっかり保護者気分の小悪魔だった。
「いえ、それはないでしょう」
「でも、万が一ってことがあるから」
「ですからありませんて」
「でも、その時のために準備が必要だと思うの」
「取り越し苦労でございますよ」
「でも、備えあれば憂いなしって言うし」
「気の回しすぎですよ」
「でも、でも、やっぱり」
「だから……んなこと、ぜってーねーですから!」
「ふぇ?」
「コホン、はたてさんは節度をわきまえている方です。
ご心配は杞憂でございましょう」
「そ、そうかしら?」
「そうですよ」
「でも、やっぱり鍵はかけないでおくわ。
あ、私の部屋の場所、知っているのかしら?
教えていないような気がするわ。
どうしよう!?」
「心配しすぎですよ、必要ありませんから」
「でも」
「今度『でも』と言ったら、そのちんまい鼻の穴にグリーンピースを詰め込みますよ。
おとなしくおやすみやがれでございます」
「う、うん」
あまりに聞き分けのない妄想魔女に思わず語気を強めてしまった。
しゅんとしてしまったパチュリー。
その様を見てちょっとカワイそうに思った小悪魔は一転して猫なで声。
「あの、パチュリーさまぁ~?
とりあえず機会を改めることにして、いつかはたてさんのおウチにお泊まりに行けばよろしいのではありませんか?」
「あ……そうか……そうね! アナタ、天才?」
本気で感心している未来の大魔導師(仮)。
どうしてここまでオツムが弱くなってしまうのだろう。
「そう呼んでいただいても構いませんがね。
今日はお疲れのはずですからおやすみください。
特に脳の一番大切な部分がほとんど機能していないご様子です。
どうぞ速やかにおやすみください」
「お姉さま、野ばらも【キュルス・トルス】のことを愛していたんじゃないかしら?」
フランがレミリアのベッドで呟いた。
「そうね、きっとそうね」
二人は顔がくっつくほどの距離で囁きあっている。
「野ばら、かわいそう……」
「愛し合っていても必ず結ばれるとは限らないのね」
妹は姉を見つめている。
そして呟いた。
「いつか私もあんな冒険がしたいな」
「楽しいことばかりではないのよ? お話でもそうだったでしょ?」
「うん、そうだよね、でも、いつかもっと外に出てみたい。
……ダメ?」
長いあいだ閉じ込めていた妹だが、他者との交流を経て【言語による意思疎通能力】が発達してきている。
コミュニケーションをとることが出来始めている。
如何に悪魔と言えど、意思疎通ができなければ単なる【災厄】になってしまう。
今の傾向は喜ばしいことではあるが、まだ不安は有る。
何しろフランの小さな体に秘められた膨大な魔力はそのほとんどが破壊のためのもの。
荒ぶる気持ちのまま力を振るえばそれこそ【災厄】そのもの。
現状、レミリアはその時のフランの状態や行き先等を慎重に見定めた上で外出許可を出している。
「いつか、必ずね」
答えた言葉は軽く聞こえるが、問題の先送りやごまかしではない。
レミリアもフランドールと自由に外出する日を待っているのだから。